ゲイスピダイアリー

怪しくないです。

【民度とは-vol.153】

国民や生活住民の程度。

また経済力や文明の進歩の程度。

 

「民度」という言葉を聞くと

虫唾が走る。

(ひどく不快なこと)

 

民度が高い。

民度が低い。

 

確かにそういう『傾向』は

あるのかもしれないけれど

 

『お前が言えるような立場なのか?』

 

と思ってしまう。

人を「お前」と呼ぶのは苦手だし

呼ぶ人も苦手だけど

あえて使わせてもらう。

 

わしが思うに

『民度』を気にする人たちは

その狭間に生きてる人たちなのだろうと

思う。

 

皆さんの思う『民度が高い』人たちは

民度なんて気にしたことないだろうし。

 

もともと,民度が低い位置から

民度が高くなっていった人たちは

 

民度に対してすこし敏感なのかもしれない。

 

初めからスーパー上流階級の人たちは

きっとそんなこと気にしてなくて

 

もちろん

ハイパー下流階級の人たちも

気にしてない。

 

民度民度言ってる人ほど

世間的にそこまでの収入がなく

さらには心の余裕までもないの

だろうと思う。

 

たしかに、

電車の中で混んでるのに席に

荷物置いてたり

お酒飲んでたり

ゴミ捨て場が荒れてたり

 

◯立区(失礼)にも

ちゃんとしてる人はいるだろうし

 

人を生まれた場所や

住んでる地域

年収等で人を判断してるほうが

 

よっぽど民度が低いと

わし的には思いあそばせなんだけど。

 

これだから日本人は

って言われたら

 

その辺の日本人と一緒にしないでってなる?

 

あんたこそ日本人や!!

 

自分は関係ないと思ってる

そこのあなた?

 

あなたです。

 

それでも関係ないと思ってる

あなた。

 

あ!な!た!で!す!

 

わしの場合は

ハイパールッキズムなので

 

民度民度言ってるみなさんと

変わりない器の狭い人間です。

 

だから人の民度なんていいから

自分のことを高めていきましょう!

 

余計なお世話よ!!(オカマ)

 

周りなんて関係ないし

世界のすごい人からみたら

 

あなたの民度なんて足◯区と

一緒なのよ。(オカマ)

 

完璧な人間なんて

いないし

 

金持ちでも心に余裕なくて

デブでハゲでチビでくさい人なんて

たくさんいるんだから。

 

歴史上に英雄と呼ばれた人や

賢人と呼ばれた人

名君・名社長など

 

 

『わー!あいつら民度低いなー』

 

金八先生が

(ジェネギャ)

 

『おまえは民度が低いなぁぁ』

 

などと言っただろうか。

 

まあでも民度民度言うてる人って

わしの周りで数名しかみたことないけど

聞いてるこっちが恥ずかしい!!

 

世の中には

映画『タイタニック』にでてくる

ローズのお母さんみたいな人が

意外といるんです。

 

ゴミをポイ捨てする人とか

そんな人いるの?!って

思うけど

 

民度を気にする人が世の中にはいて。

 

でもゲイの世界は不思議で

どんなに民度が低くても

顔さえ良ければ

民度の高い人たちと一緒に

過ごせたりする。

 

だから私は、ルッキズム。

(Xperia)

 

ドヤ。

 

わしはこれからも

ルッキズムの権化として

世界に君臨していきたいと思います。

 

でも、

どんなに可愛くても

それを鼻にかけてたり

心がない子には全く興味ありません。

 

どんなに可愛くても

自信を少し持ちつつ謙虚に。

 

また会える日を楽しみにしています(誰)

 

さて

 

4/8の開運フードは

 

海老

ナス

トマト

 

開運アクションは

 

床の掃除

パワースポットに行く

支払い

募金

 

です!

 

本日も良い一日を!

 

たまには携帯をぽっけに

しまって空を見上げたり

周りを観察しながら過ごしてみると

いいかもしれませんね

 

ぽっけぽっけー!

 

可愛い?

 

パピプペポっけしってる?

 

めちゃかわだよ!

YouTubeで検索!

 

でもよく考えたら

わしもかっこいいわけじゃないのに

ルッキズムなわけだから

民度低い人が民度民度言ってても

いいわけか。

 

じゃあいっか。

余計なお世話でしたね!

ごめんね!

あはははははは!

 

【いまだに納得がいかないこと-vol.152】

小学校六年生の時に

「運営委員会」という委員会に所属した。

 

各クラスから

男女2名ずつで

四年生以上だったので全部で

18人くらいの委員会。

(学年3クラス)

 

いわゆる、生徒会と同じような役割で

学校のイベントや議題を話し合ったりする。

 

最初の委員会でまず

委員長(生徒会長)を決めることになり。

 

自分は6年2組で

3組の『シングウワカコ』さんが

強めの女の子で

どうしても委員長をやりたいと

言い出した。

 

他に誰もいなかったので

決まりそうになったのだが

 

担当の皆川先生(以降、ミナガワ)が

 

『おい、〇〇(わしの苗字)、

おまえもなんで委員長をやりたいか

文章を考えてこい』

 

と言われ

 

(え?なんで?

やりたいなんて一言も言ってないよ)

 

シングウさんは

舌ったらずな女の子で

発音があまり得意でなかった。

 

どうしても言葉が聞き取りずらくて

 

『わたてぃはでいんどぅーわたとでつ』

(ワタシはシングウワカコデス)

『わたてぃがてーとかいとーになりたい理由は』

(ワタシが生徒会長になりたい理由は)

 

みたいな感じになってしまって

おそらくミナガワは

それではまずいと当時

思ったのだろうと思う。

 

そして仕方なく次の週

委員長になりたい理由の作文を読んで

見事に委員長を勝ち取った。笑

 

シングウさんは泣いていて

マジで勘弁してくれよと思った。

 

その後、

委員長としての初めての仕事が

学校にある山の名前を

つけるというものだった。

 

学校の裏に山があって

クラスごとに畑のスペースがあって

それぞれで何かを栽培していた。

 

その山を裏にあるので

『裏山』とみんな呼んでいた。

 

ところが四年生のあるクラスが

その裏山に名前をつけたいとなって

 

うちのクラスでは

『〇〇農園』と呼んでいると。

(〇〇=学校の名前)

 

勝手に呼べよ。と内心思ったが

そうもいかず

全校生徒から『裏山』のあらたな

名前を募集した。

 

ビックサンダーマウンテンや

その他忘れてしまったが

裏山・農園・etc..

 

そして、数を絞って

投票してもらった結果

 

圧倒的に『裏山』が多くて

多数決的に『裏山』に決まった。

 

「それでは、裏山に決まりました」

 

と、委員会を終わろうとすると

四年生の子達がめげずに

 

『でも僕たちは、〇〇農園って呼んでて』と

食い下がる。

 

わしが

 

「でも多数決で決まったから、、」

というと

 

ミナガワがブチ切れる。

 

『低学年の子が、こんな風にいってんだから

聞いてやれよ!』

 

と。

 

え、どーすりゃいいのよと

なって

 

では

 

もう一度ここにいる人たちだけで

 

裏山か〇〇農園で

決をとりたいと思います、、、

 

そして結局、同情票が入り

『〇〇農園』で決まりました。

 

色々、統計取ったりして

会議したりした約一ヶ月。

全てが無駄になり。

 

だったから最初から

『〇〇農園』でよかったじゃねーかと。

 

やりたくもない委員長やらされて

無駄に怒られて

笑っちゃうよね。笑

 

けど,大事なのは過程だから!!

とかいうやついるよね。

 

全ては結果です。

結果至上主義です。

 

結果でなけりゃ

You loseです。

 

小学校で生徒会長的な

ものをやってしまったので

(内心に残ってるのだろう)

 

中学に入学すると

これまた委員会決めの時に

 

何もしなくてもいいやとボケボケしてたら

担任のコミタが

 

『おれは委員長は〇〇がいいと思う』

(〇〇=わしの苗字)

 

今思えば、おそらく込田先生は

ゲイだっただろうと思う。

 

40歳、独身趣味は筋トレ。笑

彼に関してもいろんな逸話があるが

また違う回で書きたいと思います。

 

4/3(水)の開運フードは

 

長芋

ネギ

パスタ(特にミートソース)

 

開運アクションは

 

トイレ掃除

美容室へ行く

花を飾る

お香をたく

 

です!

よい1日をです!

【そこはかとなく-vol.151】

専門学校生活の2/3が終わろうとしている。

明日の授業が終われば

二年生の課程は終わって

4月から三年生。

 

いよいよ,国試。(卒業)

 

目標としては

 

『移動時間のみの勉強』で

国試合格。

 

とし

 

机に向かうことはない。

 

国試前後も仕事を休んだりしない

というルールを自分に課した。

 

まあおそらく大丈夫であろうと

思うのだけど、こればかりは

神のみぞ知る。

 

今は便利です

携帯があるから。

どこでも勉強できる。

 

昔から好きだったんだ。

わざと自分を追い込むというか

 

ドラゴンボールや

幽☆遊☆白書で

 

戦闘服が「重り」になっていたり

呪術で動きにくくした状態で

 

修行を積み

雑魚を蹴散らす時は

ハンデがある状態で闘う。

 

年齢も仕事も

言い訳にしたくなくて。

 

『卒業したら開院するのか?』

 

とよく聞かれるのだけど

そんな気持ちはいまのところ

さらさらなくて

 

『では、なぜ通い始めたのか?』

 

とも聞かれるけれど

それは

聞くも涙・語るも涙で

知りたい方は直接聞いて

いただけるとありがたい。

(大した話ではない)

 

学校に通う前は

堕落した生活だった。

 

働いて

夜更かしをして

目覚ましをかけずに寝る。

 

お昼頃に起きて

予定がある時以外はダラダラ過ごし

また仕事をしての

繰り返しだった。

 

学校に通い始めると

基本は朝7:30に起床。

(月から金まで)

 

午前中は学校に行き

12:40で終了。

 

午後はお昼寝したり

すきぴとご飯したり

なんかしたりして

 

夜に出勤。

週に一度の火曜の夜のお休みは

癒しを求めて、極・すきぴと遊ぶ。

 

この二年間、その繰り返しだった。

 

一年の時はボケボケしながらも

授業は受けたのだけれど

二年の時は

一年の時以上に勉強しなかった。

 

オンライン授業は

すべて爆睡。

登校の授業は1/3を休んでも

落第しないので

全ての授業を6回ずつ休んだ。笑

 

そして,後期の

期末テスト。

 

流石に二年は

勉強量が膨大でやばいと思った。

 

試験1週間前に

知識はほぼゼロ。笑

 

どーしたもんかな。と。

 

全部に力を注ぐと間に合わないので

6科目中、3科目捨てた。

 

テストの時間割と睨めっこして

この科目とこの科目は捨てると決めた。

 

そして,試験。

 

無事,4つ。突破した。

3つ捨てる予定だったのだけど

なぜか,一つラッキー合格だった。

 

開運じゃーー!

(チガウ)

 

そして,計画追試がうまくいった。

 

2科目だけ翌週までに

勉強すれば突破という状況で

 

ところが

人はなかなか変われないもの。

 

結局、どっちも前日まで

勉強せず一夜漬け。

 

1科目はまじで

量が多すぎたから

結局,諦めたんだけど

またしてもなぜか

合格していた。

 

絶対嘘だと思う。笑

 

ま,けど,ラッキー合格しました。

開運だーー!

(チガウ)

 

ほんとはこの科目を落としたら

進級できない(かもな)予定だったので

 

心置きなくやめられる!!と思った。

 

やったぜ!

解放されるぜ!

 

目標のない学校生活ほど

モチベーションを保てるものはない。

 

強いていえば

高額な学費を払っているから

辞めたら二年間で300万が

パーでんねん。

 

だからやめよう!

いえい!

 

だって、学校が進級だめって言うから。

って,言い訳できると思った。

 

しかし、進級してしまった、、

鍼灸だけに、、

 

ほんとに学校に通うの大変で

同じ経験してる人たちは

 

口を揃えて言う

 

『お店やりながら

よくできるね!』って

 

もっと声を大にして言ってほしい。

 

そこでわしはいう

 

『スタッフたちと

優しいお客様のおかげだと』

(イメージアップ戦略)

 

バカみたいなクラファンに

参加してくれて

ふざけてるってわかってても

やってくれる人たち。

 

ほんとに感謝しかない。

 

けど、ほんとに体力的にも

悩んだ。

もし今続けても

合格できるのだろうか。

一年間やって失敗したら

無駄になってしまうかも。

 

と思った。

 

けど、この二年間で、

一番学んだことは

 

学校に通いはじめるまえに

無駄にダラダラした

時間がとても有意義に使えると

思ったこと。

 

自分のまわりには

支えてくれる人たちがいること。

 

だからもし

今辞めても

 

時間は無駄に使わないつもりだし

これまで以上に

周りにいてくれる人たちを

大切にしたいと思いました。

 

学費は

3/25までに払えばいいみたいだから

それまでゆっくり考えます。

 

まあ、辞めないけどさ!笑

 

自分に影響されて

学校に通い始めたって

言ってくれる人や

 

頑張ってるから

頑張ってます!って

言ってくれる人や

 

ほんとにたくさんの人に支えられてます。

 

そんな中で

1日休んだだけで

あーだこーだ言ってくる人もいます。笑

 

同じ人間なのにね。笑

 

けど、休むのは甘えなので

自分を律して頑張ります。

 

もちろん,きつい時は

ちゃんと休みますので

その時はどうぞお許しください✌️

 

何かを始めるのに

遅いと言うことはないし

やれば意外とやれる。

 

けど,それは自分だけの力じゃないと

ヒシヒシと感じました。

 

昔,古畑(任三郎)さんが

ドラマの中で

 

『よろしいですか

よろしいですか? 

たとえ、たとえですね

明日死ぬとしても

やり直しちゃいけないって

誰が決めたんですか?』

 

って,セリフがあって。

 

わしはいつでも人は変われると

思ってます。

 

昨日までの極悪人が

今日には善人になってても

おかしくないと思ってます。

 

そして、その更生した人を

あいつは極悪人だから

また同じことをする

 

と思わずに

信じてあげたいと思っています。

 

長くなってしまった。

 

読んでくれてありがとございました。

お腹が空きました。笑

 

日記は割と移動中に書いてたので

勉強の頻度が増えると

更新が少なくなるかもですが

また読んでもらえたら嬉しいです。

 

では、また

次回の日記で!

アディオス!

 

3/7(木)

いなり寿司を食べましょう!

 

 

【金の国・水の国- vol.150】

 

 

今、自分のすぐそばに

または自分の内側に

ある何かは

なぜそこにあるのか考えたことが

あるのだろうか。

 

人や物や精神活動

すべての環境が

なぜ、いまここにあるのか。

 

初めから自分で

考えてやりはじめたことなど

きっと皆無で

何かしらのきっかけがあったはず。

 

親から受け継いだことか

先輩から受け継いだことか

友人から受け継いだことか

 

住んでいる場所も

食べている何かも

行動する理由も

 

今、仲良くしている友人も

働いてくれているスタッフも

お客様も

 

誰かがきっかけで

繋がっていることは忘れてはいけない。

 

けれど

人間は時が経過してしまうと

あたかも最初から自分のものだったかのように

勘違いしてしまう。

 

人も物も知識も

全て誰かから受け継いでいる

はずのものなのに。

 

受け継いでいるというと

「良い物」と勘違いしてしまうが

もちろん、悪しき風習もある。

 

わしはよく考えることがある。

なにがきっかけだったんだろう。

なにがきっかけで仲良くなったんだろうと。

 

例を一つ。

 

今でも仲良くしてくれる

可愛い子がいて

当時自分も30歳くらいで

相手も20歳ぐらいだっただろうと

思う。

(現在お互い➕10歳)

 

たまたま

二丁目を歩いていると

とても可愛い子が

あるお店に入っていくところがみえた。

 

そこは自分が

あまり仲良くないお店で(笑)

入るわけにはいかず

 

その日、そのお店で働いてる子を調べて

たまたま仲良いスタッフの子が

働いていたので彼に連絡した。

 

『いま、〇〇みたいな子がいると

思うんだけど、Twitterが知りたい』

 

と。(ママによる権力行使)

 

今思えばというか

今じゃなくてもキモすぎるんだが

当時は積極的だったのだろう。

(ストーキング行為)

 

すると

そのお店の子から

多分これですとTwitterのアカウントが

送られてきた。

 

すぐにフォローするとキモいので

(いつしてもキモい)

時間を置いてから。。

 

すると,お互い鍵垢だったのだけど

二、三日したら返ってきて

とても嬉しかったことを覚えている。

 

その後,適度に

Twitterで絡みつつ

DMをするも全く反応もなく

 

まあそうだよね。

と諦めていた頃。

 

当時,承認欲求だったのだろうか

なぜかわからないけれど

 

自分が歌っている動画を

ツイートした。

 

そうすると

なぜか突然その子から

 

『すごい上手ですね!』

(そんなにうまくないのだが)

 

的なメッセージがきて

そこからやりとりが始まった。

 

まじで謎な展開だったが

おかげで今はとても仲良くしてもらっている。

 

彼に会うたびに

その日のスタッフのTwitterを

教えてくれた子を思い出す。

感謝しても感謝しきれない。

 

座右の銘の

 

『すきぴは一日にしてならず』

 

すきぴと仲良くしたくても

そう簡単には仲良くしてもらえないし

仲良くなるには根気と年月と

なにか相性的なものも大事なことの例え。

 

逆にどんなに積み重ねても

成就することはないことも

たくさんあります。

 

わしはただご飯したいだけだけど

やはり何かあるんじゃないか

たくさんすきぴすきぴ言ってる人と

会いたくない。

 

的な人もたくさんいて

まあ,気持ちはわからんでもないので

仕方ないのだけど

 

隠れてこそこそしてるより

よっぽどいいと思うんだけど。笑

(開き直り)

 

昨日たまたま観た

『金の国水の国』のセリフで

衝撃的なものがあった。

 

今まで人生で

自分が思ってきたことを

すごく上手に言語化している

セリフがあった。

 

シンパシー(死語)を感じた。

 

物語の内容はともかく

ほんとに感動した。

 

話の中で

 

「どんな人を

選択すると良いか」という質問に

 

ある男性が答えた。

彼の父親の言葉だという。

 

———————

 

結婚して他人と

家族になるということは

夢物語ではない。

 

我慢することや悲しいことは

波みたいに押し寄せて

 

最初に感じた『愛や恋』は

月日と共にどんどん擦り減って

 

違う何かに変わっていく。

 

だから君は

 

その時の

美しさよりも

一瞬の楽しさよりも

 

自分の親兄弟と同じか

それ以上に

自分を大切にしてくれる人を

探しなさいと。

 

つまり

 

お茶の時間に最後に残った

ビスケットを黙って一人で

食べちゃう人は

選んではいけない。

 

———————

 

今、この瞬間を大事にしてくれる人は

たくさんいる。

 

大事なのは

それを継続してくれるかどうか。

 

あなたがいまいるポジションは

昨日まで誰かがいたポジションで

 

いつまでそのポジションに

居られるかわからない。

 

そして、昨日までそこにいたのは

あなたの友達かもしれない。

 

こちらの世界は

狭い世界で

可愛い子はたくさんいるけれど

移り変わりも早い。

 

人間だもの。

悲しいかな。

 

こっそりビスケットを食べる人は

たくさんいる。

 

けれど

 

今の楽しさや

欲望のために

 

何も知らずに

こっそりビスケットを食べる人を

選んでしまうこともたくさんある。

 

教えてあげたい。

 

その人はビスケットを独り占めするひとだよ。

 

と。

 

そして、その人は

一ヶ月後

三ヶ月後

一年後には

違うビスケットをみつけて

さも,自分のビスケットのように食べる。

 

本人たちは

おそらく、ビスケットを

食べてることに気づいていない。

 

わしはビスケットを

独り占めするようなことはしない。

たくさんの数に分けて

よりたくさんの人に分けたいけれど

なかなかビスケットも足りず。

 

それは自分の器が

小さいからなのだが。

 

これからいろいろな

人と出会っていく中で

 

—————

 

自分の親兄弟と同じか

それ以上に

自分を大切にしてくれる人を

探しなさいと。

 

—————

 

見つかると思うけど

このセリフに一つ

補填したい。

 

 

自分の親兄弟と同じか

それ以上に

『ずっと』自分を大切にしてくれる人を

探しなさいと。

 

ずっとができないから

難しい。

わしはずっと大切にするよ。

 

よっぽどのことがなければ。笑

 

長くなってしまいましたが

記念すべき150話目にちょうど

いい感じの話でした。

 

あなたのこと

ずっと大切にしてくれそうな人は

親兄弟以外でいますか?

 

人生の間で

見つかるといいですね✌️

 

わしは『ずっと』大切にします。

よっぽどのことがなければ。

(大切なことなので2回目)

 

 

さて,今日(2/28)も

超超超超超開運日!

良い一日にしてください!!

【因果応報-vol.149】

今朝、電車に乗っていたら

急ブレーキがあって

 

自分はなんとか踏ん張ったものの

横にいた女性が

すごい勢いで自分にぶつかってきて

 

流石にバランスがとれず

違う女性にぶつかってしまった。

 

横にいた女性は

「ごめんなさい」と自分に謝り

 

自分は

自分がぶつかってしまった女性に

 

『すみませんすみません』

 

と謝った。

 

人生って昔から

そういうもんだなと思って

生きてきた。

 

小さい頃から

なぜか直接自分のせいではなくても

わしのせいみたいな

流れになって

 

まあもちろん

自分のせいの時もあるのだけど

少し納得のいかない時代があった。

 

18歳の時に

家出をして

自分探しの旅に出た時に

 

まあ別に

誰かのせいなことも

自分のことのせいでもいいかと

思うようになった。

 

それからは

 

「何か困ったことがあれば

自分のせいにしていいよ」

 

と、言ってきた。

 

別に(すきぴ以外に)

嫌われることはなんとも思わなくて

ほんとに自分をわかってくれてる人は

何をしても嫌いにならないだろうと

信じたい気持ちもあった。

 

極端に言えば

 

わしが一人死ねば

プーチンの気が済むなら

殺してもらっても全然構わないと

思っている。

 

わしのことを知らない人が聞けば

ただの偽善に聞こえるのだろうが

 

わしはいつもそう思って

暮らしている。

 

情けは人のためならず

 

とはよく言ったもので

 

自分のしてきたことは

回り回って返ってくる。

 

これはほんとに人生の

極意だと思っていて

 

最初は

見返りをもとめてもいいから

いつか自分に返ってくると思って

暮らしてみると

 

ほんとにそれが返ってくる。

 

続けていくと

無意識に見返りを気にせず

人になにかしてあげられるようになって

 

それが

正しいことなのか間違ったことなのか

わからないけれど

 

自分の中で

できることをやるのが

きっと良いのだろうと思った。

 

ただ、その

なにかしてあげることも

自己満足でなくて

ほんとうに周りが必要としてるのかの

判断もとても難しい。

 

選択をミスると

人に迷惑かけてしまってることも

あるのだろう

 

全ての人に

良い思いをしてもらうのは