ゲイスピダイアリー

怪しくないです。

【伝説の武器と防具-ゲイスピダイアリー-vol.61】

今は昔、竹取の翁というものありけり。

野山にまじりて竹を採りつつよろづの

ことに使いけりなをばさぬきのみやつこと

なむいひける。

 

だったか。

竹取物語の出だしってこんな感じだった?

 

昔は、「百人一首」も全部言えたのに

今は80-90%ぐらいかな。。

 

小学校の時の記憶だから

いまも覚えてるのはすごいのかも

しれないけど、人間の記憶とは

曖昧なものですね。

 

そうやって忘れることや

感覚が昔と変わってくるのは

良し悪しあって。

 

若い頃に店子をしていた頃に

お客さんや数少ない気に入ってもらった人に

食事に連れて行ってもらうことは

多少なりともありました。

 

いつしか払ってもらうことが

『あたりまえ』という感覚になってしまった。

 

当時の自分は22歳ぐらいだったのだけど

苦悩するようになってしまった。

 

誘ってもらえるのは

ありがたいのだけど

何度もご馳走してもらうのは

気が引けるようになった。

 

先週、昔から可愛がってる子に

久しぶりに会って

 

『こないだ誕生日だったし、ご飯行こうよ』

 

と誘うと

 

「毎回、奢ってもらっちゃうから

申し訳ないんですもん」

 

と言われた。

 

ああああ、、、

と、自分が昔悩んでいたことを思い出した。

 

ただの上手な断り文句なのかもしれない。

実際は行きたくないんだろうとは思う。

 

けど、食事に行ったら

年下と行く場合、基本全部払わないと

申し訳ない気持ちになってしまう自分に

とっては難しい話だった。

 

じゃあ、割り勘でとも言えず。

まして誕生日なら尚更だ。

 

わしが可愛がる子には

こういう子たちが多くて『まとも』な

感覚なのだろうと思う。

 

最初は2000円のお寿司で喜んで

いたのに段々と10000円、20000円、

50000円、100000円。

 

あの人はあんなお店に連れてってくれたのに

あの人が連れてってくれたとこのが美味しい

あの人はこうしてくれたのに

 

と、感覚までも蝕まれていく。

 

自分では思ってないつもりでも

必ずそういう気持ちは潜在的にある。

 

そして、あとには戻れない。

 

勇者たちは冒険の途中、

いろんな情報を見聞きして

『伝説の武器や防具』が存在することを知る。

 

それらを探し、大魔王に挑むわけだが。

 

人生における

『伝説の武器や防具』は

すでに持っていたものなのかもしれない。

 

人はそれを伝説といい探し続けて

いるのかもしれない。

 

あの頃の自分は、昔の自分は

 

まだ戻れるかもしれない。

 

先に進むことのみが良しと思われがち

だけど、ちょっと立ち止まってみて

考え直してみる。

 

あの日、あんなに感動したご飯屋さんが

 

あれ、なんか違うかも。

って思う日はそう遠くはない。

 

もちろん『自分の力』で経験を

重ねて成長していくのはきっと

いいんだろうけど。

 

誰かのためにしていることが

誰かの成長の妨げになってるかもしれない

 

というのは永遠の課題ですね。

 

2/14開運フード

 

ラーメン

そば

パスタ

 

自分に一つでも感謝を伝える

ピンクの花を飾る・贈る

 

以上。

 

今日は自分を労ってください。

では、今日もよい1日を!