ゲイスピダイアリー

怪しくないです。

【一夏の恋-ゲイスピダイアリー-vol.97】

マイナス思考なのか

 

最近、死に際や死後について

ばかり考えてしまう。

(死にたいわけではない)

 

今の生活が永遠に続くわけでもなく

いつか終わりが来ると思うと

今,生きていることが

一体,なんになるのだろうと思ってしまう。

 

自分は23歳から

店をやってきて

ほぼ変わらないような毎日を過ごしている。

 

刺激を求めて

勉強したりするものの

 

周りの人たちは

やれ転職だ新店舗だ引っ越しだ

 

など、環境が変わっていって

わしは一体何をやってるんだろうと

考えてしまうことも少なくない。

 

確かに本来であれば

今ぐらいの歳でお店を

だしたりするのだろうけれど。

 

早熟といえばいいのか

わしも初期に数店舗

やった経験はあるのだけれど

 

性格上、自分には合わないと思って

店舗は自分の見られる範囲にしようと

心に決めた。

 

『商売と屏風は広げるとたたぬ』

 

という格言をモットーに生きてきた。

 

スシローなどにいくと

不安になってしまう。

 

いつか倒産の会見をするのだろうか。

いつか買収される会見をするのだろうか。

 

『最初は』

お客様のために安い寿司をと

考えていたものが店舗の拡大とともに

家賃の確保・人件費の確保と

商売の目的が少しづつ変わってきてしまう。

 

そうなってくると

崩れ始めてしまう。

 

逆に言えば

最初から金儲けだけでメインでやって

それがブレなければうまくいくと

思っている。

 

個人的はあんまり好きな手法ではない。

 

そういう人は

三、四年で目処が立ったら

次の事業へ進んでいき

機械的にこなしていくため

心がないように感じるからだ。

 

まあ商売の仕方は人それぞれだから

何とも言い難いけれど

『徳』に影響していることは

言うまでもない。

 

さて

 

もう人生はわりと楽しんだように思う。

 

死にたいの意味ではなく

そんなに長く生きられなくても

いいとすでに思っている。

 

けれど,長く生きれば

もしくは

死が近づいてくれば

 

『もっと生きたい』と思うよと

 

言われるのだけれど

まだ、わしにはわからない。

 

死が近づいてきても

そうならない自信がある。

 

友人が150歳まで生きたいと 

言ってて、

もちろん自分である程度

自由に動けることが前提なのだけど

信じられないと思った。

 

長生きをしたいわけではないけれど

意外にしたいことってのは

たくさんあって

 

そのほとんどは

 

行ってみたい場所や

ボランティアなどで

 

まあ別にやってもやらなくても

いいかなと思ってしまうもの

ばかりだったりする。

 

夢のようなものはなく

 

強いて言えば

 

鍼灸を使ってボランティア活動

なんてものあるのだけど

 

やはり現実問題

お金を稼ぎながらではないと

やっていけないのだろうと。

 

考えるまえに行動をしてしまえば

なんとかなることもわかっているのだけれど

この歳になると腰も重くなってしまう。

 

人には

年齢なんて関係ないと言いながら

自分のこととなるとそんなもんだ。

 

恋人は作らないのかといわれ

 

99%別れるであろうものに

人生の大事な時間を割くのは

 

最も無駄なことのような気がして

 

ただでさえ

時間が足りないと嘆いているのに。

 

人生の終わりに後悔したくない

気持ちの方が勝ってしまう。

 

ストーリーや投稿で

カップルたちをみてると

 

すごい嫌なやつになってしまうのだけど

 

この投稿たちはいつの日か削除されて

後悔に変わる日が来るんだろうな

 

と思ってしまう。

 

もちろん,今が楽しければよくて

その今が永遠に続いて

10,20年となることも

あるのだろうけれど

 

わしの経験上,

それは約1%の人々でしかなくて

その1%に入れる自信はない。

 

おそらく実際はわしが知ってるだけで

20年以上のカップルは現在5組くらいなので

 

10000人の人たちに会ってきたと

仮定して1000人に1人。

実際にもっといるだろうから

3000人に1人ぐらいの確率なんだろうと

思う。

 

長く付き合うことが良いか悪いかと

いえば、それは人それぞれの感覚だから

なんとも言えないのだけれど。

 

恋愛なんて考えてするような

ものでもないのだろうけれど。

 

人間形成の一端にもなるのだろうけど

だったら赦されるのであれば

引き合いに出すものでもないのかもだけれど

 

里親をやってみたいと思う。

学校を卒業したら研修行ってみようかな。

 

ゲイの男性が

欠格事由にならなければいいのだけど。

誰か一緒にやってくれる人いないかな。

(今の所ならなそう)

 

1人だとやっぱり仕事をしながらは

難しいみたいで。

 

結局、今の生活も『効率』重視で

それによってわしの編み出した(大袈裟)

時間配分になっている。

 

何かするならただ生きるよりは

何かを得たい

無駄なことはしたくない

何かをしてあげたい 

何かをさせてもらいたい

 

長く生きたくないとか言ってる割に

アンチエイジングしてみたりしていて

 

ほんとに矛盾だらけだなと思う。

 

生きてるなら

健康で若々しくしたいもんね。

 

最近,腰が治ってきて少しづつ

運動ができるようになってきたので

筋トレも復活したいな。

 

でもゲイの人生って難しいよね。

 

自分だけの人生で

将来のこと考えなくていいから

(悪い意味)

 

子供の未来とか地球の未来とか

子孫の未来とか考えないから

 

思考回路が

自分のためだけのものになって

しまいがちだから。

 

そうすると

 

宮崎駿の『君たちはどう生きるか』とか

新海誠『天気の子』みたいな

映画を作りたくなる

気持ちがわからんでもないなと思うやね。

 

わしが明日死んだところで

世界は動いてる。

 

それは誰だってそう。

 

わしは簡単に物事を忘れたくないと

思っている。

 

元カレのことも

働いてくれている従業員のことも

幼少期の友達も

お世話になった先生たちも

お客さんたちのことも 

友人のことも

亡くなった人のことも

 

『よく覚えてるね!』

 

と良く言われるのだけど。  

 

わしは忘れたくない。

 

人にはなぜ記憶という

機能をつけたのか。

 

わしは学ぶためだと思っているが

忘れてしまっては

何の意味もないと思っている。

 

思い出が薄くなることは

仕方のないことだけど。

 

『思い出さない』なら

やってきた意味がなくなってしまうと 

思う。

 

というかほぼ毎晩

今日まで出会ってきた人のことを

一通り思い出す。

 

もうクセなのか。 

 

連絡先をしらないような

保育園の時の友達や先生ですら

思い出す。

 

だからなんだって話なんだけどね。

 

せっかくすれ違ったし。

 

いいことも悪いことも 

次に活かせるように生きていきたいでする。

 

わしは保育園時代に

 

なかねこうたくんが好きで。

たにもとゆうせいくんも好きだったな。

 

かたやまけいこちゃんも好きだったの。

いいじまあやも好きだったしな。

 

時々、反省してるけど

自分がしてきたずるいこととかも

フラッシュバックして

懺悔してるんだけどね。笑

 

胸が痛い時があります。

 

あの頃は若かった。

 

長くなりましたが

何が言いたいかっていうと

 

わしは一夏(ヒトナツ)の恋でも 

ちょっとしかすれ違ってない人でも

忘れませんよって話でした✌️

 

他の人はきっと覚えてませんけどね。

 

それではみなさん

今まで過ごしたヒトナツの恋。

 

思い出してみてください😊

 

夏じゃなくてもいいですよ✌️

今思い出さないと一生思い出しませんよ笑

 

では,今日も良い一日を!